
ヒット作「Dispatch」の裏側を解説。なぜUbisoftの幻の「スプリンターセル」新作は中止され「XDefiant」へと変化したのか。元開発チームAdHoc Studioが辿った7年の苦難と、「Dispatch」で100万本ヒットを達成した軌跡を追う。インディーゲームの成功と大手GaaS戦略の失敗から教訓を紐解きます。
衝撃のヒット作「Dispatch」誕生
2025年10月22日、AdHoc Studioが開発したナラティブ型スーパーヒーローゲーム「Dispatch」がリリースされました。そのわずか10日後、このゲームは100万本の販売を達成し、2025年を代表するインディーゲームの一つとして業界に衝撃を与えています。ドラマ「ブレイキング・バッド」で知られるAaron Paulを主演に迎え、「ウエストワールド」のJeffrey Wrightも出演するこの作品は、批評家とプレイヤー双方から高い評価を獲得しました。
しかし、この成功の背後には、創業から7年間にわたる困難な道のりがありました。数ヶ月前までスタジオには収入の見込みがなく、創設者たちは給与を受け取ることすらできなかったといいます。AdHoc Studio共同創設者のNick Herman氏は、「私たちは多くの打撃を受けながら前進することに慣れています。今回は違うかもしれないと感じています。この状況を受け入れ、それが何を意味するのか理解しようとしているところです」と語っています。
「Dispatch」は、元スーパーヒーローのRobert Robertson III(Paul氏が演じる)が、半ば改心した悪役たちがロサンゼルスの人々を助ける部署「フェニックス・プログラム」の管理者となる職場コメディ型アニメーションを描いた作品です。選択可能な対話や分岐による物語構築など、プレイヤーの選択が人間ドラマに影響を与える構造が高く評価されています。魅力的なキャスティングに加え、アニメーション表現とナラティブデザインの両立がヒットの要因とされています。
Telltaleから幻の「スプリンターセル」へ
AdHoc Studioは、かつてTelltale Gamesで共に働いていた4人のゲーム開発者によって設立されました。Telltale Gamesは、ナラティブ・アドベンチャーゲームの手法を確立したスタジオとして知られています。
Herman氏らは「Tales from the Borderlands」シリーズを完成させた後、2017年初頭にフランスのゲーム大手Ubisoftのサンフランシスコオフィスへ移りました。そこで彼らが取り組むことになったのは、長年ファンが復活を待ち望んでいたステルスアクションの代表的シリーズ「スプリンターセル(Splinter Cell)」の新作開発という重要プロジェクトでした。
Herman氏は当時の期待を、「長い間休眠していたこのシリーズの復活に貢献できることに、とても興奮していました。素晴らしいストーリーを語り、ファンが愛する作品を作れると思っていました」と語っています。
Ubisoftの誤算:GaaS路線への転換
しかし、彼らが数ヶ月間このプロジェクトに取り組んだ後、状況は一変します。経営陣の方針変更によって計画は中止に追い込まれました。当時Ubisoftは「GaaS(Games as a Service)」、すなわちリリース後も継続的なアップデートで収益を上げる運営型モデルへの転換を進めており、全スタジオに同様の方向性を求めていました。
Herman氏らはナラティブとGaaSの融合を模索し、多くのプロトタイプを制作しましたが、経営層の関心を引くことはできませんでした。やがてUbisoftが「Call of Duty」に競合しうる作品を求め始めたことで、「スプリンターセル」プロジェクトは縮小され、一部スタッフが別タイトルの開発に再配置されることになりました。その中で形成された構想の一部が後の「XDefiant」に引き継がれたと報じられています。
「自分たちが大切にしていることに、会社が関心を持たなくなる瞬間がある。それはゲーム業界ではよくあることですが、クリエイターにとっては失望以外の何物でもありません」とHerman氏は当時の心境を語っています。
独立、そして7年間の苦難の道
Ubisoftを離れたHerman氏らは、2018年にAdHoc Studioを設立し、インタラクティブ映像企業Ekoとの実写ゲームプロジェクトに着手しました。しかしパンデミックで中止を余儀なくされ、さらにTelltale Games復活版との「The Wolf Among Us 2」開発での方針不一致を経て撤退するなど、度重なる難局に直面しました。
AdHoc Studioは、ナラティブ中心のゲームは売れにくいという業界通説と、パンデミック後の資金調達難という現実に直面します。パブリッシャー契約の終了も相次ぎ、Herman氏は「7年間、自分たちが正しいと説明し続け、その間ずっと間違っていると言われ続けるのは辛いことです」と語りました。
しかし、Aaron PaulやJeffrey Wrightといった俳優陣の参加、そして人気配信グループCritical Roleとの共同契約により、同スタジオは再び注目を集めます。この契約は作品完成の資金面で大きな支援となり、「Dispatch」はアニメーションゲームとして完成しました。
成功と失敗―対照的な二つの結末
10月下旬にリリースされた「Dispatch」は、批評家とファンを魅了し、ナラティブの価値を証明しました。この成功は、AdHoc Studioの信念を裏付ける結果として高く評価されています。
一方で、UbisoftのGaaS路線を体現した「XDefiant」は、2024年5月のリリース後にプレイヤー数が急減し、同年12月にはサービス終了が発表されました。Bloombergなど複数の報道によれば、戦略転換が奏功せず、開発チームの士気低下も影響したと指摘されています。Ubisoftが「Call of Duty」競合を目指して追求したタイトルが短命に終わり、かつてのチームが独立して作り上げた作品が業界を席巻するという皮肉な結果となったわけです。
「Dispatch」の成功と「XDefiant」の短命という対比は、市場トレンドへの追随よりも創造的自由と明確なビジョンこそが長期的成功の鍵であることを示しています。Herman氏はこう述べています。「私たちは自分たちが良いと思うものを作っただけです。そして、それに自分たちで資金を提供し、その見返りを今手にしています。」スタジオからの干渉がなかったことこそが、創造性を支えた要因といえるでしょう。
結論:信念が証明したクリエイターの価値
「Dispatch」の物語は、単なるインディーゲームの成功譚にとどまりません。それは、創造的ビジョンと粘り強さが業界の逆風や企業の制約を超える力を持つことを示した記録です。AdHoc Studioは、UbisoftがGaaSというトレンドを追う中で見失った「物語の力」の価値を改めて証明しました。そして「誰も投資したがらない」と言われたビジョンが、最終的に100万本という成果に結実したという事実は、ゲーム業界における創造的信念の重みを示す象徴となっています。
「Dispatch」は2025年10月22日にPC(Steam)・PlayStation 5でリリース。Steam版は日本語に対応していますが、PS5版の日本語対応は2026年初頭を予定しています(現在は英語のみ)。物語は全8話で、11月中旬に完結済みです。


