
「塊魂」クリエイター高橋慶太氏が、最新作「to a T」の不振を受け日本へ帰国。実験的開発の厳しさやバンダイナムコとの「塊魂」再協業の可能性、自身の進退に言及しています。独創的なクリエイターが直面するインディー市場における実験的作品の立ち位置やIPビジネスの課題とは?
独創的なゲームデザインで世界的に知られるクリエイターの高橋慶太氏が、最新作の販売不振を受け、10年以上拠点を置いた米国から日本へ帰国したことが明らかになりました。GamesRadar+など複数の海外メディアに対し、その経緯や心境、今後の展望について語っています。
新作「to a T」の商業的苦戦と帰国の背景
高橋氏は、ナムコ(現バンダイナムコ)時代に手がけた「塊魂」で知られるゲームデザイナーです。2010年の退社後、妻と共に自身のスタジオ「Uvula」を設立し、カナダや米国サンフランシスコを拠点に活動してきました。しかし、Annapurna Interactiveより2025年に発表した新作「to a T」の市場での苦戦を受け、家族と共に日本へ帰国する決断を下したと報じられています。
インタビューで高橋氏は、「『to a T』は売れなかった」と率直に認めています。10年以上過ごした米国を離れ、日本で子供たちの学校を探すという現状について、インディー開発者として活動する「リスク」の結果だと語りました。
作品のテーマと市場の乖離
「to a T」は商業的に苦戦したものの、その作風は高橋氏ならではの独創性に満ちています。主人公は、13歳の誕生日になぜか両腕を広げた「T字」ポーズで固まってしまった少年です。
愛犬や母親、個性的な住民との日常を描く本作は、各話にオープニング・エンディング曲やアニメーションが挿入されるテレビ番組のような構成をとっています。高橋氏はこれを「インタラクティブな日常系アニメ」と表現しています。
開発のきっかけは2019年末でした。当時の米国の重苦しい社会情勢へのカウンターとして、「ポジティブで楽観的なもの」を作りたいという思いからプロジェクトは始動しました。高橋氏は「人々に笑顔をもたらすには、従来のゲーム的な双方向性よりも、物語を語るアプローチが適していると考えた」と述べています。
主人公の「T字ポーズ」は身体的障がいや「社会への不適合」の暗喩でもありますが、物語自体はユーモアと優しさに溢れています。しかし皮肉なことに、「周囲と馴染めない少年」を描いた本作自体が、現在のゲーム市場に「フィットしなかった」と高橋氏は分析しています。

「ニッチ」を目指しているわけではない
業界内で高橋氏の作品はしばしば「ニッチ」や「奇抜」と評されますが、同氏は意図してそのようなゲームを作っているわけではないと強調します。
「誰もニッチなゲームを作ろうとはしていないと思います。『ニッチなゲーム』という称号は、あくまで結果に過ぎません」と彼は語ります。重要なのは新しいアイデアを形にすることであり、それが主流市場で受け入れられるかは、結局「人々が好むかどうか」という単純な事実によると述べました。
この発言は、独創性と商業的成功の両立の難しさや、実験的なゲームを受け入れる市場の余地が狭まりつつある現状を浮き彫りにしています。高橋氏自身も、「(実験的な作品作りは)間違いなく難しくなっている」と語り、今後については「もしゲーム業界に自分の居場所がないと感じたら、他の道を探さなければならない」と、引退も示唆する慎重な姿勢を見せています。
「塊魂」IPへの想いと新たな可能性
一方で、ファンにとって希望を感じさせる発言もありました。代表作「塊魂」シリーズについてです。
現在、「塊魂」のIP(知的財産権)はバンダイナムコが保有しています。高橋氏は、作品やキャラクターが今なお愛され続けていることに感謝を述べた上で、「私にしか思いつかない『塊魂』の面白いアイデアがいくつかある」と明かしました。
さらに、「もしバンダイナムコと再び仕事をする機会があれば、非常に興味深いプロジェクトになるでしょう」と語り、機会があれば古巣のIPでの新作開発に前向きな姿勢を示しています。これは、近年のゲーム業界で見られる「オリジナルクリエイターと大手パブリッシャーの再協業」というトレンドとも合致する動きと言えるかもしれません。
業界に求められる多様性への投資
高橋慶太氏の現状は、単なる個人の問題ではなく、ゲーム業界全体が抱える課題を映し出しています。巨額の予算を投じる「AAAタイトル」への集中が進む一方、中規模で実験的なタイトルの収益化は年々厳しさを増しています。
高橋氏はインタビューの最後を、「Uvulaに投資したい人がいれば、ぜひ連絡をください。もっと楽しくて奇妙なゲームを作りましょう!」という言葉で締めくくりました。
市場が成熟しヒットの法則が固定化しつつある中、「to a T」のように異彩を放つ作品や作家性の強いクリエイターを業界がいかに支えていくか。その動向は、今後のゲーム文化の豊かさを占う指標となるでしょう。
情報元:Gamesradar

