心理的ホラーの金字塔「サイレントヒル」が、米国を離れ世界へ。1960年代の日本を描いた「Silent Hill f」の成功を糧に、中南米や欧州、アジア諸国を舞台とした次世代ホラーの展望が明かされました。各地の伝承や「マジックリアリズム」を取り入れ、シリーズの定義を再構築しようとするコナミの野心的なグローバル戦略に迫ります。
「Silent Hill f」：日本的感性と社会圧の再定義
2025年にリリースされた「Silent Hill f」は、海外メディア「Inverse」にて10点満点の評価を獲得するなど、世界中の批評家から絶大な支持を集めました。本作が成功を収めた最大の要因は、1960年代の日本、特に「丙午（ひのえうま）」の迷信や家父長制的な社会構造が色濃く残る時代設定を、ホラーの文脈で鮮やかに描き出した点にあります。
本作の主人公・雛子（Hinako）が直面するのは、単なる超自然的な怪物の脅威だけではありません。彼女を真に追い詰めるのは、自由を奪う「望まぬ結婚」や、個人の尊厳を押し潰そうとする「社会圧」そのものです。このテーマ性は、ゲームプレイの細部にも徹底して反映されています。
- 怒りの具現化としての戦闘：雛子が振るう鉄パイプや斧による、受け流し（パリィ）を重視した泥臭い戦闘スタイルは、彼女の内面に渦巻く社会への抗いや怒りを表現しています。
- 癒えぬ痛みの象徴：従来のシリーズで定番だった「栄養ドリンク」ではなく、本作の回復アイテムに「鎮痛剤」が採用された点は、彼女が精神的に追い詰められている現状を冷徹に示唆しています。
岡本プロデューサーが明かす次なる候補地
ロサンゼルスで行われたインタビューにおいて、「サイレントヒル」シリーズのプロデューサーである岡本基氏は、今後の展開について具体的な地域名を挙げながらその壮大な構想を語りました。当初は詳細を伏せていた岡本氏でしたが、対話が進むにつれ、アジアの他地域、中南米、そしてロシアやイタリアといった国々への関心を明らかにしました。
「Silent Hill f」が日本の民間伝承を深掘りし、それをホラー要素へと昇華させたように、岡本氏は異なる文化圏でも同様のアプローチが可能であると考えています。岡本氏は、通訳を介して次のように展望を明かしました。
「私たちは、世界中の多様な文化に対して、地域特有の恐怖を抽出するアプローチが取れると考えています。例えば中南米であれば、土着のシャーマニズム信仰とホラーを融合させる試みが考えられるでしょう。また、ロシア、イタリア、韓国といった地域も、それぞれ独自の信仰体系を持っており、私たちのコンセプトを拡張するための重要な入り口になると確信しています」
マジックリアリズムと「地政学的ホラー」の可能性
熱心な読書家である岡本氏は、日本の作家・京極夏彦の「魍魎の匣」を後世に残したい一冊として挙げる一方、中南米のホラー文学にも強い関心を寄せています。特に、ガブリエル・ガルシア＝マルケスの「百年の孤独」に代表される「マジックリアリズム（魔術的リアリズム）」、あるいはマリアナ・エンリケスが描く、現実と幻想が曖昧に混ざり合う恐怖表現をビデオゲームに取り入れたいと考えています。
「これらの中南米諸国は、多くの軍事政権やクーデターの歴史を経験してきました」と岡本氏は指摘します。「こうした政治的状況から生まれる特有の緊張感や『マチズモ（男性優位主義）』といった社会構造は、シャーマニズムなどの民俗学的な側面と結びつくことで、極めて強力なホラーの土壌となります」
この「地政学的ホラー」とも呼べる視点は、個人のトラウマを社会の歪みと連結させてきたシリーズの伝統を、より広範な歴史・文化的コンテキストへと押し広げるものです。
文化の継承と開発体制の課題
コナミの開発チームが新地域への展開に向けて具体的な計画を進める一方で、岡本氏は現実的な課題についても言及しました。それは、シリーズの重みを理解し、現地の文化を正しくゲームへと翻訳できる開発パートナーの選定です。
「中南米には魅力的な映画や文学、伝承が豊富にありますが、それらを『サイレントヒル』水準のビデオゲームとして具現化できる有力な開発スタジオは、現時点では限られています。この文化的な翻訳をいかに行うかが、現在模索している大きな課題です」
これに対し、海外メディアやファンの間では、現地の有望なスタジオとの提携を期待する声が上がっています。例えば、独創的な世界観を持つ「The Eternal Cylinder」を手掛けたチリの「ACE Team」や、クラシックなサバイバルホラーへの深い理解を示す「Tormented Souls」の「Dual Effect」などは、岡本氏の掲げるビジョンを実現し得る候補として注目されています。コナミがいかにして現地の才能を発掘し、共創の道を切り拓いていくかが、次なるシリーズの成否を分ける鍵となるでしょう。
既報の「サイレントヒル」も進行中
こうした未踏の地への挑戦と並行して、シリーズの原点回帰も着実に進んでいます。2025年6月に開かれた「KONAMI PRESS START」にて、初代「サイレントヒル」のリメイク開発を正式に発表しました。開発を担当するのは、先行する「サイレントヒル 2」リメイクを商業的・批評的成功に導いたポーランドのBloober Teamです。No Codeが手掛ける「サイレントヒル タウンフォール」など複数のプロジェクトも進行しており、フランチャイズの本格的な復活を世界に印象付けています。
拡張を続ける「恐怖」の地平
「Silent Hill f」が証明したのは、長い沈黙を経てなお、本シリーズが「現代社会の闇」を映し出す鏡として極めて有効であるという事実です。和風ホラーや昭和レトロという枠組みを超え、個人の苦悩を社会的・文化的な文脈で描き出す手法は、今後のグローバル展開における重要な指針となります。
「サイレントヒル現象」は、もはや米国の小さな田舎町に留まるものではありません。中南米のシャーマニズム、欧州の宗教的背景、そして変革期にあるアジアの歪み。世界中の深淵が「サイレントヒル」の名の下に統合されるとき、プレイヤーは未だ見ぬ真の「恐怖」を体験することになるはずです。
情報元：Inverse
