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吉田修平氏が明かす ─ SIEスタジオ代表「解任」の真相と戦略転換の舞台裏

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SIE元代表の吉田修平氏が、ジム・ライアン体制下での「解任」の真相を激白。ライブサービスへの傾倒に抵抗した背景や、異例の配信停止となった「Concord」など、失敗に終わった戦略の裏側を浮き彫りにします。組織の論理と創造性が衝突した歴史等転換点から、PlayStationが直面した課題を読み解きます。

2026年4月にオーストラリアで開催されたゲームフェスティバル「ALT: GAMES」において、PlayStationブランドの立役者である吉田修平氏が登壇し、自身のキャリアにおける最大の転換点について語りました。吉田氏は2008年から11年間にわたり、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のワールドワイド・スタジオ(現PlayStation Studios)で代表を務めてきましたが、2019年に同職から事実上の「解任」を受けていた実態を明らかにしました。

「解任」の背景とジム・ライアン氏との確執

吉田氏は、2019年にSIEの社長兼CEOに就任したジム・ライアン氏によって、ファーストパーティ(自社制作)開発の責任者から退くよう求められた経緯を語りました。吉田氏は当時の状況について、「11年間務めた責任者の役職を解かれました。ジムは自身の意向に従わない私をその職から外そうとしており、特定の要求に対して私が『ノー』と答えたことが背景にあります」と述べています。

この告白は会場の笑いを誘うようなユーモアを交えて行われましたが、その内容は当時の経営陣との深刻な方針の相違を示唆するものでした。ライアン氏との関係性については、「PS1の時代からの長い付き合いであり、旧知の友人であったからこそ、上司と部下という関係において複雑な面がありました」と振り返っています。

2019年当時、この人事異動は「インディー支援という新機軸のリーダー就任」として円満な形で公表されていました。しかし吉田氏は、実態は「会社を去るか、あるいはその役職を受け入れるか」の二択を迫られた実質的な更賜であったことを明かしています。2025年2月のインタビューでも、「移行は私の意志ではありませんでしたが、PlayStationとインディーゲームの関係に私にしか果たせない役割があると信じ、残留を決めました」と、当時の葛藤を語っています。

戦略の相違:ライブサービスへの傾倒

吉田氏が拒否した要求の詳細は伏せられましたが、当時のSIEが推進していた戦略の方向性が最大の摩擦点であったと推測されます。ジム・ライアン氏の指揮下で、SIEはBungieやInsomniac Gamesといったスタジオを相次いで買収。従来の「物語主導のシングルプレイ作品」から、継続的な収益が見込める「ライブサービスゲーム(運営型ゲーム)」への大規模な投資へと舵を切りました。

この戦略転換の象徴的な事象として挙げられるのが、ヒーローシューター「Concord」の異例の失敗です。同作は発売からわずか数週間でサービス終了・配信停止(アンリリース)という、業界でも類を見ない事態に至り、開発元のFirewalk Studiosも閉鎖されました。ライブサービス路線が抱える高いリスクが露呈した形となります。

吉田氏は過去のインタビューで、「もし自分が責任者の立場であれば、その方向性に抵抗したでしょう。それが外された理由の一つかもしれません」と述べており、良質なシングルプレイ作品を重視する現場のクリエイティビティと、収益モデルの変革を急ぐ経営論理が衝突していたことが伺えます。同時期に退社したショーン・レイデン氏も、ライブサービス重視の戦略を「自身の専門外だった」と評しており、当時のSIE内部で巨大な方針転換が断行されていたことを物語っています。

インディー支援への転身と情熱

ファーストパーティの責任者をヘルメン・ハルスト氏に引き継いだ後、吉田氏はインディーゲームの支援に全霊を捧げました。「社内の誰もが私のインディー愛を知っていました」と語る通り、同氏は「伝道師」として世界中の独創的な開発者をサポートしました。

今回の講演で吉田氏は、自身が特に感銘を受けた以下の12作品を挙げ、インディーゲームの多様性と可能性を強調しました。

  • 感情を揺さぶる体験:「Journey」、「Before Your Eyes」
  • 卓越した手触り:「Dead Cells」、「Nine Sols」
  • 驚きのある仕掛け:「Inscryption」、「Doki Doki Literature Club!」
  • 巧みなジャンル融合:「Cult of the Lamb」、「Ball X Pit」
  • 独自のルール構築:「Viewfinder」、「Word Game」
  • 他者の存在を感じる設計:「Fall Guys」、「Marvel Snap」

また、自身が「Marvel Snap」に没頭し、一時は3つのアカウントを併用していたというエピソードを披露し、一人の熱心なゲーマーとしての顔も見せました。

プラットフォームの垣根を越えて

2025年1月、31年間勤務したソニーを退職した吉田氏は、コンサルティング会社「Yosp Inc.」を設立しました。現在はフリーランスとして、ソニー時代と同様のインディー支援を続けています。

独立したことで、Nintendo SwitchやXbox、Steamといった他社プラットフォームについても自由に発言・活動できるようになり、「他社の支援体制を学び、共有できることは非常に有意義」と現在の充実感を語りました。

講演の結びとして、吉田氏は開発者たちへ「流行を追いかけたときには、すでにその波は過ぎている。独自の体験を追求することこそが成功への鍵だ」と説きました。PlayStationの歴史的転換点を生き抜き、組織の肩書きを捨ててなおゲームへの情熱を燃やし続ける同氏の姿勢は、次世代のゲーム業界にとっても重要な指針となるでしょう。

情報元:TWIV

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