
ソニーが中国のIT大手テンセントを著作権侵害で提訴。テンセントの新作「Light of Motiram」が、ソニーの人気ゲーム「Horizon」のキャラや世界観を著しく模倣していると主張。背景には、テンセントからの共同開発の提案をソニーが拒否したという経緯もあり、その行方が注目されています。
ソニー、テンセントを知的財産侵害で提訴
2025年7月25日、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、中国のテクノロジー大手テンセントを著作権および商標権の侵害で、米国カリフォルニア州の連邦地方裁判所に提訴しました。この訴訟が同月28日にロイターによって報じられると、ゲーム業界に大きな衝撃が走りました。
SIEが問題視しているのは、テンセントの子会社が開発するオープンワールドゲーム「Light of Motiram」です。SIEは、このゲームが自社の世界的ヒット作「Horizon」シリーズの「極めて酷似したクローン(slavish clone)である」と強く主張しています。
訴状によると、「Light of Motiram」は「Horizon」の根幹をなす要素を広範囲にわたり模倣しているとされています。具体的には、機械の獣が闊歩する終末後の世界で部族が生き残りをかけて戦うという設定、赤毛の女性主人公、ゲームシステム、そしてアートデザインまで酷似していると指摘。SIEは、これにより消費者が「Light of Motiram」を「Horizon」の新作と誤認する恐れがあり、自社のブランドと知的財産に「回復不可能な損害」を与えていると訴えています。
共同開発の提案から訴訟に至る経緯
今回の訴訟が注目される背景には、両社の複雑な交渉経緯があります。訴状から明らかになった事実を整理すると、その流れは以下の通りです。
テンセントは2023年のある時点で、ソニーに知らせることなく「Light of Motiram」の開発に着手していました。その一方で、2024年3月にはサンフランシスコのゲーム関連会議で、自社スタジオを通じてソニーに対し、「Horizon」のIPを用いた新作モバイルゲームの共同開発を提案します。
この提案は「Expanding the Horizon(「Horizon」を拡大する)」と題され、開発チームは自らをシリーズの「熱心なファン」と称し、PlayStationのトロフィーや開発風景の写真を提示するなど、熱意をアピールしました。
提案されたゲームは、アジア市場を強く意識したものでした。主人公アーロイが「神秘的な東洋」へ旅立つという設定で、万里の長城や龍をモチーフにした機械獣のコンセプトアートも含まれていました。さらに、新たな部族、東洋的なデザイン、サバイバル要素やマルチプレイ機能、「サービスとしてのゲーム(GaaS)」の導入など、具体的かつ戦略的な内容が盛り込まれていました。
しかしソニーは2024年4月、「提案に込められた努力は評価する」としつつも、このパートナーシップを正式に拒否します。重要なのは、この時点でソニーは、テンセントが水面下で酷似したゲームの開発を進めているとは知らなかった点です。
提案が拒否されてから約7か月後の2024年11月、テンセントは「Light of Motiram」を正式に発表。ソニーは訴状で、このゲームが以前の提案にあった東洋的な要素を全く含まず、代わりに「Horizon」の要素を「丸ごとコピー」したものだと厳しく非難しています。
業界やファンから相次ぐ批判の声
「Light of Motiram」が発表されると、その「Horizon」シリーズとの類似性は、ゲーマーやメディアの間でまたたく間に大きな議論を呼びました。機械の獣が闊歩する終末世界、弓を手に戦う赤毛の主人公、そして全体的なビジュアルデザインといった共通点は、誰の目にも明らかだったのです。
海外の大手ソーシャルニュースサイトRedditでは、「恥知らずだ」「『Horizon』の開発元は法的措置を検討すべき」といった厳しいコメントが殺到。あるユーザーは「せめて色やデザインを少し変えていれば、ここまであからさまな批判を浴びることはなかっただろう」と、その露骨な模倣ぶりを皮肉りました。
また、あるゲームジャーナリストは、このゲームを「Horizon Zero Originality(オリジナリティ・ゼロのホライゾン)」と揶揄するなど、模倣に対する批判は各方面から噴出しました。ソニーは訴状でこうした第三者の声を引用し、この模倣が誰の目にも明白であることを強調しています。
ソニーの法的な要求と具体的な内容
ソニーは今回の訴訟で陪審裁判を求め、テンセントに対して以下の具体的な措置を要求しています。
まず金銭的賠償として、「Horizon」シリーズの著作物が侵害された作品1つにつき、最大15万ドルの法定損害賠償を請求。これに金額未定の懲罰的損害賠償も加わるため、賠償総額は数百万ドル規模に達する可能性があります。
次に法的措置として、「Light of Motiram」のリリースを永久に差し止めるよう要求。さらに、問題の商標が使われたすべての製品や販促資料を引き渡し、ソニー側で破棄することも求めています。
現在、「Light of Motiram」はPCゲームプラットフォームのSteamでウィッシュリストに登録できる状態ですが、リリース日は未定のままです。今後の裁判の行方が、このゲームの運命を大きく左右することになります。
ゲーム業界の未来を左右する重要性
世界的なゲーム企業であるテンセントとソニー。両社の法廷闘争は、ゲーム業界全体の知的財産保護のあり方に大きな影響を与える可能性があります。
特に注目されるのは、ゲームにおける創作的要素のどこまでが法的に保護されるのか、という根本的な問題です。ゲーム業界では、似たコンセプトの作品が生まれることは珍しくありません。だからこそ、本作が「オマージュ」や「インスピレーション」の範囲を超えた「模倣」や「盗用」にあたるのかどうか、その境界線を示す重要な判例となる可能性があります。
また、本作は中国と西欧の企業間における知的財産の国際的な争いとして、今後のビジネスの先例となり得ます。ライセンス取得を打診した企業が、交渉決裂後に類似品を発表するという行為がどう評価されるのか。その判断は、多くの企業の戦略に影響を与えるでしょう。
創造性の保護と、健全な競争によるジャンルの発展。この2つのバランスをどう取るかという業界全体の課題に対し、今回の裁判は一つの指針を示すことになります。
現時点で両社から正式なコメントはありませんが、この裁判の行方はゲーム業界の創作活動と知的財産の未来を大きく左右します。世界中の開発者、パブリッシャー、そして数多くのゲームファンが、この巨大企業同士の争いの結末に固唾をのんで注目しています。