
任天堂が公開したピクミンの短編映像「Close to You」は、映像制作会社「ニンテンドーピクチャーズ」初の公式作品でした。総合エンタメ企業へと変革を遂げる同社が、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の大ヒットに続き、どのような映像事業を展開するのか注目されます。
ピクミン短編映像が示す新たなIP戦略
2025年10月7日、任天堂から一本のアニメーション映像が突如公開されました。タイトルは「Close to You」。説明のないまま投稿された映像は、赤ちゃんの周りの玩具が自力で動くかのような不思議な演出で、「新作ゲームのプロモーション」などと様々な憶測が飛び交いました。
しかし、翌8日に謎が解けます。更新された映像で明かされたのは、物を動かす小さな「ピクミン」たちの姿でした。この愛らしいサプライズは、モバイルゲーム「ピクミン ブルーム」で描かれた世界観を踏襲しつつ、「ピクミンは人間の目には見えない」という設定を改めて思い起こさせるものです。
これらの映像が、新たなゲームか、あるいは大型映画のプロモーションか。ファンの期待は大きく膨らみました。しかし任天堂は、公式X(旧Twitter)を通じ、これが特定の製品予告ではないと明言します。
「これらはニンテンドーピクチャーズが制作した初めての短編映像です。ニンテンドーピクチャーズは今後も映像を舞台に様々なチャレンジをしていきます。」
この公式発表が明確に示したこと。それは、今回の「ピクミン」短編が、任天堂の映像事業における新たな取り組みであるという点です。
ゲームの枠を超えるスタジオの役割
ここで注目すべきは、制作を手掛けた「ニンテンドーピクチャーズ」という存在です。このスタジオは、2011年3月に設立された前身の「ダイナモピクチャーズ」を2022年に任天堂が買収・改称して誕生しました。前身であるダイナモピクチャーズ時代には、「メトロイド アザーエム」のCGカットシーン制作、宮本茂氏とのWii U/3DS向け「ピクミン ショートムービー」の制作など、豊富な実績があります。
技術力は業界でも高く、「DEATH STRANDING」や「ペルソナ5」といった他社大作ゲームのモーションキャプチャーを担当した経験が、それを証明しています。また、「ユーリ!!! on ICE」やNetflix「攻殻機動隊 SAC_2045」シーズン2などのアニメ作品にも参加しており、その映像制作実績はゲーム分野に留まりません。
これほどの実績を持つスタジオが完全子会社となった意味は、極めて重大です。任天堂が目指すのは、ゲーム開発の枠を超え、保有する強力なIP(知的財産)を映像を通じて世界へ届けること。そして、人々の記憶に残る作品の創出です。今回の短編映像は、まさにその理念を体現する、記念すべき初の公式作品です。特定のゲームプロモーションから意図的に切り離し、純粋な「映像作品」として独立させた点に、キャラクターや世界観の魅力をストレートに伝える狙いが透けて見えます。
映像事業は任天堂の次の一手か?
任天堂は今回の発表を「単なる実験」と位置づけますが、秘められたポテンシャルは大きく、壮大なコンテンツ戦略の序章である可能性を十分に感じさせます。近年、同社が加速させているのは、ゲームビジネスへの依存から脱却し、強力なIPを軸とした総合エンターテインメント企業への変革です。「スーパー・ニンテンドー・ワールド」のグローバル展開、そして世界を席巻した「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の大ヒットは、その輝かしい成功例です。
かつて任天堂の経営陣は語りました。最大の競争相手は同業他社にあらず、Netflixやスマートフォンといった、人々の可処分時間を奪うあらゆるエンターテインメントなのだと。今回の高品質な短編映像は、まさにその思想を反映した一手です。巨大プラットフォームで消費される無数のコンテンツに対抗し、任天堂ならではの価値を提示する試金石となりえます。特に注目すべきは、2本目の映像が独自アプリ「Nintendo Today!」限定で公開された点です。ここから、自社プラットフォームを映像コンテンツの受け皿として活用する未来図が透けて見えます。
今回の「Close to You」が示したもの。それは、ピクミンというキャラクターの愛らしさの再発見だけではありませんでした。ニンテンドーピクチャーズという新たなピースを得た任天堂が、映像事業という広大な舞台でこれからどのような物語を紡いでいくのか。業界全体の期待を集める、記念すべき第一歩となりました。
情報元:KOTAKU