
開発期間の最長記録を大幅に更新し、発表から17年を超えた「Beyond Good & Evil 2」。Ubisoftは新規求人を公開し、プロジェクトの存続を明らかにしました。異例の「開発地獄」を経た現場の現状や独自エンジンへのこだわり、そして未踏の領域にある本作の行方を詳報します。
ゲーム業界には、不名誉ながら語り継がれる「記録」があります。かつて3D RealmsのFPS「Duke Nukem Forever」は、1997年の発表から2011年の発売まで、14年以上(Guinness世界記録)を費やしました。長らく「ベイパーウェア(実体のない製品)」の代名詞とされ、二度と破られないと思われていたAAAタイトルの最長開発期間記録。しかし現在、その記録を3年以上も上回り、異例の領域に足を踏み入れているタイトルがあります。Ubisoftの「Beyond Good & Evil 2」です。
2008年の最初のティザー公開から約17年が経過し、開発期間20年という大台も目前に迫っています。業界の常識を超えた長期開発が続いていますが、驚くべきことにプロジェクトは今なお「生存」しています。2025年11月に確認されたフランス・モンペリエスタジオの新規求人は、開発17年超という異例の状況下でも、プロジェクトが単なる延命ではなく、完成への強い執念を持って進行中であることを示しています。
伝説の「14年」を超え、17年超の現実へ
「Beyond Good & Evil 2」が最初に発表されたのは2008年です。その後、長い沈黙を経て2017年のE3で華々しく再発表されましたが、それから既に8年以上が経過しています。2022年には「Duke Nukem Forever」の記録を塗り替え、現在もその記録を更新し続けています。
通常、これほど開発が長期化しリソースを拘束すれば、経営判断でキャンセルされるのが一般的です。しかし、Ubisoftはこの「怪物」の開発を断念していません。直近の求人リストには、「テクニカルサウンドデザイナー」「リードクエストデザイナー」「テクニカルリードネットワークプログラマー」「シニア3Dキャラクターアーティスト」「シニアVFXアーティスト」といった、現場での実装を担う具体的な職種が並んでいます。
特にテクニカルサウンドデザイナーの募集要項では、オーディオディレクターの監修下、武器や車両、インターフェースに至るまで、あらゆるアセットへの音声実装に関する技術的ソリューションが求められています。これは、本作が構想段階(プリプロダクション)ではなく、具体的なアセットが稼働する実装フェーズにあることを裏付けています。かつて本作を「AAAA(クワッドエー)ゲーム」と定義した同社の野心は、依然として失われていないようです。
変わらぬビジョンと独自エンジンの固持
17年超という歳月は、ゲーム技術のトレンドが数世代入れ替わるほどの長さです。しかし求人情報によれば、本作は2017年に発表された独自の「Voyager」エンジンを現在も基盤としているようです。多くのスタジオがUnreal Engine 5などの汎用エンジンへ移行する昨今、この判断は異例と言えます。
Voyagerエンジンは、高密度な都市から大気圏を抜け、広大な宇宙空間へローディングなしでシームレスに移動できる独自技術です。開発チームは、技術的陳腐化や保守コストのリスクを冒してでも、当初掲げた「スペースオペラとしての究極の没入感」を実現すべく、この技術基盤にこだわり続けているのでしょう。また、ネットワークプログラマーの募集は、以前から計画されていた「シームレスなオンラインマルチプレイ機能」の実装を示唆しています。
2018年に公開され現在も有効なFAQページによれば、マルチプレイ機能は任意であり、ソロプレイにも完全対応する予定です。プレイヤーは「System 3」と呼ばれる恒星系を舞台に、ドロップイン・ドロップアウト式のCo-opを通じて宇宙海賊としての冒険を共有できます。17年を経てもなお壮大なビジョンが変わっていない事実は、技術的なハードルの高さを物語ると同時に、開発チームの揺るぎないプライドを感じさせます。
「開発地獄」の背景と再起
開発がこれほど長期化した背景には、典型的な「開発地獄(Development Hell)」があります。シリーズの生みの親であるミシェル・アンセル(Michel Ancel)氏が2020年に引退して以降も、マネージングディレクターのギヨーム・カルモナ(Guillaume Carmona)氏の退社(2023年)や、クリエイティブディレクターのエミール・モレル(Emile Morel)氏の急逝(2023年)など、中枢メンバーの離脱や不幸が相次ぎました。
現在は、「Star Wars Outlaws」などに携わったベテラン、ファウジ・メスマー(Fawzi Mesmar)氏が2024年より新たなクリエイティブディレクターを務めています。著名リーカーのTom Henderson氏が2024年10月に報じたところによれば、新体制下で重要な内部マイルストーンをクリアしたとのことです。「メスマーとチームの成果は素晴らしく見える。あとは実行(Execution)あるのみだ」という言葉通り、長年の混乱を脱し、実作業が軌道に乗り始めた可能性があります。
企業戦略の変遷と本作の立ち位置
この17年間で、Ubisoft自体も大きく変貌しました。テンセントとの提携による新子会社「Vantage Studios」の設立や、主要フランチャイズの再編が進む中、本作は独立した執念のプロジェクトとして位置づけられています。さらにイヴ・ギユモCEOは、生成AIを「3D化以来の革命」と位置づけ、全社的な活用を推進しています。しかし、今回の求人に生成AIに関する記述はなく、あくまで「Voyager」エンジンとクリエイターの手作業(ハンドクラフト)を重視しているようです。
一方で、シリーズへの投資は継続しています。2024年発売の前作「20周年記念エディション」では、Virtuos Games開発・モンペリエスタジオ監修のもと、4K/60fps対応などの現代化が図られました。特筆すべきは、続編への導線となる新規カットシーンが追加された点です。これは、同社がファンを繋ぎ止め、来るべき続編への布石を打っている明確な証拠と言えるでしょう。
結論:執念の結実か、終わらない神話か
「Beyond Good & Evil 2」は、もはや単なる「待望の新作」を超え、ゲームビジネスにおけるリスク管理とクリエイティブの執念を測る特異点となっています。17年とは、一人の子供が成人するほどの歳月です。
通常、同社は主要タイトルのゲームプレイ公開から発売まで約1年のマーケティング期間を設けます。現時点で映像は公開されておらず、発売は早くても2026年以降、あるいは次世代機を見据えたタイミングになる可能性もあります。
それでも、新たな求人はプロジェクトの心臓が動いている証拠です。「System 3」への旅立ちは実現するのか、それとも「未完の大作」として記録を更新し続けるのか。業界とファンは、この「終わらない開発」の行方を固唾を呑んで見守り続けることになるでしょう。

