
2025年に閉鎖されたモノリス・プロダクションズによる、幻のノーラン版「ダークナイト」の未公開資料が発掘されました。2009〜10年のデータには、バットモービル「タンブラー」の操作映像やハンス・ジマー風の音響システムなど、一定の形になりつつあった開発の痕跡が確認できます。本作はなぜ中止になったのでしょうか?
かつて「F.E.A.R.」や「Middle-earth: Shadow of Mordor(シャドウ・オブ・モルドール)」といった名作を世に送り出しながらも、2025年2月にワーナー・ブラザース・ゲームズによって閉鎖が発表された開発スタジオ、モノリス・プロダクションズ(Monolith Productions)。
同社が2009年から2010年にかけて極秘裏に開発を進めていた、クリストファー・ノーラン監督映画「ダークナイト」に基づくビデオゲームの未公開資料が、2026年1月13日に発見されました。
これらの貴重な資料を発掘し、インターネットアーカイブ(Internet Archive)にて公開したのは、「MrTalida」の名で知られるビデオゲーム愛好家です。
削除されたハードドライブから復元されたファイル群には、新しいデータによる上書きで破損したものも含まれていますが、開発コードネーム「Project Apollo(プロジェクト・アポロ)」と呼ばれた幻の全貌を、断片的ながらも鮮明に伝えています。
発掘された「プロジェクト・アポロ」の全貌
今回公開された資料の日付は、主に2009年4月から2010年1月までとなっており、開発中止前の「プリプロダクション(本格的な開発の前段階)」における試行錯誤の記録と言えます。
2024年にも同プロジェクトの後期ビルドとされる戦闘映像が流出しましたが、今回の発見はそれとは性質が異なります。
MrTalida氏が公開したファイルには、ゲームプレイの核となるアイデア、技術デモ、開発スケジュール、コンセプトアートが含まれており、スタジオが目指していた「ノーラン版バットマン」の解像度をさらに高める内容となっています。
特に注目すべきは、映画「ダークナイト」トリロジーを象徴する装甲車のようなバットモービル、「タンブラー(Tumbler)」のゲームプレイ映像です。映像では、広大な操車場と思われるエリアを疾走し、警察の追跡をかわしながら障害物や爆発物を破壊して突き進むタンブラーの姿が確認できます。
当時のAAA級タイトル(大作ゲーム)で一般的だったビークルアクションの要素が、この段階ですでに実装されていたことが窺えます。
映画の世界観を再現する音響と物理演算
技術的な観点からも、今回の資料は興味深い洞察を与えてくれます。モノリス・プロダクションズは、ノーラン映画特有の重厚な雰囲気を再現するため、音響システムに多大なリソースを割いていたようです。
デモンストレーション映像の一つでは、プレイヤーの状況に応じて背景音楽が動的に変化するダイナミック・オーディオ・システムが披露されています。
使用されている楽曲は、映画「ダークナイト」でハンス・ジマーが手掛けたサウンドトラックを意識したと思われる、緊張感あふれるものです。
さらに、ゲーム内の垂直軸におけるバットマンの位置に応じて環境音がシームレスに変化するシステムも構築されていました。路上レベルの環境音から、高層ビルを登る際の風切り音へと自然に移行するよう設計された音響システムは、当時の水準としても極めて野心的な試みでした。
開発中止の背景と真相
これほど具体的に開発が進んでいたにもかかわらず、なぜ「プロジェクト・アポロ」は日の目を見なかったのでしょうか。2019年のLiam Robertson氏による詳細な調査・報道によれば、開発期間は約18ヶ月にも及んでいたとされています。
有力な証言や報道によれば、その主な要因は、映画監督であるクリストファー・ノーラン氏の承認が得られなかった点にあったとされています。
パブリッシャーのワーナー・ブラザース・ゲームズ(WB Games)は、プロジェクト進行の条件としてノーラン監督の関与と承認を不可欠としていましたが、監督自身がゲーム化に関心を示さなかったため、プロジェクトは頓挫したと伝えられています。
この決定は、同年2009年にロックステディ・スタジオが「バットマン アーカム・アサイラム」をリリースし、コミック版の世界観をベースにした作品として歴史的な成功を収めたことと対照的です。
もしノーラン版の世界観を持つオープンワールド作品が実現していれば、数ある「バットマン」を題材とした作品の歴史はまた違ったものになっていたかもしれません。
「ネメシスシステム」の意外な起源
しかし、このキャンセルされたプロジェクトは無駄にはなりませんでした。「プロジェクト・アポロ」のために考案されたシステムの一部は、後の作品へと継承され、形を変えて結実しています。
その代表例が、後に特許としても保護されることになる革新的なゲームメカニクス「ネメシスシステム(Nemesis System)」です。
開発資料によると、本作の当初の構想では、ゴッサム・シティの暴漢たちがランダムに生成され、バットマンとの戦闘を経て成長し、より強力な敵として再登場するというシステムが計画されていました。
このアイデアは、後に「ロード・オブ・ザ・リング」の世界観を用いた「シャドウ・オブ・モルドール」(2014年)およびその続編「シャドウ・オブ・ウォー」(2017年)におけるオークたちの階級社会システムとして昇華されました。
プレイヤーの行動が敵組織の構造に直接影響を与えるこのシステムこそ、モノリス・プロダクションズの代名詞とも言える発明です。
皮肉にも、バットマンというIP(知的財産)を失ったことが、ゲーム業界における新たなスタンダードを生み出すきっかけとなりました。
閉鎖されたスタジオが遺したもの
今回の発見は、2025年2月に閉鎖が発表されたモノリス・プロダクションズへの追悼の意味合いも持ちます。かつて業界をリードしたスタジオの功績がこうした形で保存・共有されることは、ビデオゲームの保存(ゲームアーカイブ)という観点からも極めて重要です。
モノリス・プロダクションズは閉鎖直前まで、ネメシスシステムを活用したワンダーウーマンのゲームプロジェクトにも取り組んでいました。このプロジェクトもまた、スタジオの閉鎖によって幻となりましたが、その創造的遺産は今回発掘された資料のように、いつか別の形で世に知られることになるかもしれません。
MrTalida氏は、今回アップロードされたファイルについて、削除されたセクタから復元されたものであるため一部に破損やノイズが含まれている可能性があると警告しています。なお、これらの資料は本来スタジオ内部向けのものであり、二次配布や商用利用には法的リスクが伴う可能性があります。その点には十分な注意が必要です。
未完成のまま葬られた「ダークナイト」のアクションゲームと、その遺伝子を継いで成功を収めた「モルドール」シリーズ。
そして、2025年にその歴史に幕を下ろしたモノリス・プロダクションズ。
今回発掘されたハードドライブの中身は、変化の激しいゲーム業界において、創造性がいかにして生まれ、形を変えて生き続けるかを物語る貴重な証言者となっています。

