
サウジアラビア政府が主導する6000万ドルの賞金総額を誇るeスポーツワールドカップで、未発売の格闘ゲーム「餓狼伝説:City of the Wolves」が採用され、物議を醸しています。1500人のゲーマーが参加予定の本大会において、SNKとサウジアラビアの関係性、eスポーツの現状、そしてこの発表が意味することは何でしょう。
未発売ゲームが競技タイトルに選ばれる異例の展開
「餓狼伝説:City of the Wolves」は、格闘ゲームの老舗のSNKが手掛ける最新作です。本作は、1999年の「餓狼 -MARK OF THE WOLVES-」から26年ぶりとなるシリーズ最新作で、PlayStation 5、PlayStation 4、Xbox Series X|S、Steam、Epic Games Storeに対応し、2025年4月24日に発売予定です。感性を刺激する独自の「アートスタイル」、バトルの熱量に応じて攻撃力が上昇していく「REVシステム」、そして更なる進化を遂げた「バトルシステム」を新たに搭載しています。
格闘ゲームの世界大会EVOでのプレイアブル展示では好評を博していたものの、発売前のタイトルがeスポーツワールドカップの競技タイトルとして選ばれるのは極めて異例なことです。特に、2025年7月に開催予定の本大会まで発売からわずか3ヶ月しかないことから、競技タイトルとしての成熟度や、ファンベースの形成に十分な時間があるのかという懸念が示されています。
この決定の背景には、SNKの複雑な所有構造があります。2020年、サウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマンが所有する教育・文化非営利団体MiSK Foundationが、子会社のElectronic Gaming Development Company(EGDC)を通じてSNKの株式33.3%を取得しました。その後、2021年には3名のサウジアラビア人役員が就任し、2022年にはEGDCによる所有比率が96.18%にまで上昇。これにより、大阪に本社を置くSNKは実質的にサウジアラビアの皇太子が所有する企業となりました。
サウジアラビアのスポーツウォッシング戦略の実態
サウジアラビアがeスポーツや他のスポーツイベントに多額の投資を行う背景には、国際的なイメージ改善という明確な目標があります。特に深刻なのは、ジャーナリスト・ジャマル・カショギ氏の2018年の殺害事件、イエメン国境での移民の大量殺害事件、そして継続的な人権侵害の問題です。カショギ氏殺害後、サウジアラビアの株価は急落し、国際的な信用は大きく損なわれました。
こうした状況を受けて展開されているのが、いわゆる「スポーツウォッシング」戦略です。これは、国内の人権問題から目をそらすために、スポーツイベントを利用して国際的なイメージ改善を図る戦略を指します。Liv Golfの設立や、サッカースター・クリスティアーノ・ロナウドの獲得などと同様、eスポーツワールドカップもこの戦略の一環として位置づけられています。特に注目すべきは、格闘ゲーム業界が直面する資金難の状況を巧みに利用している点です。
サウジアラビア政府は経済改革計画 Vision 2030 の一環としてスポーツ産業への投資を積極的に行っており、民間投資促進プラットフォームNAFES(National Gaming and Esports Strategy)を立ち上げて国内外からの投資を呼び込んでいます。これにより、スポーツ産業を通じた経済多角化と国際的なイメージ向上を同時に狙っています。
eスポーツ界の現状と構造的な課題
現在、eスポーツ業界は深刻な課題に直面しています。2023年には主要なeスポーツ組織の約30%が事業規模を縮小または撤退を余儀なくされ、業界全体の収益は前年比15%減を記録しました。この状況下で、サウジアラビアによる大規模な資金投入は、業界に大きな影響を与えています。
2025年7月開催予定のeスポーツワールドカップでは、1500人のゲーマーが参加し、6000万ドルの賞金を目指して競う予定です。この賞金額は、2024年の格闘ゲーム大会の平均賞金の約100倍に相当し、業界に大きな影響を与えています。
特に懸念されているのは、eスポーツチームによるプレイヤーの扱いです。多くのチームが、eスポーツワールドカップのためだけに格闘ゲームプレイヤーと契約し、イベント終了後すぐに解雇するという実態が明らかになっています。これは、スポンサーシップの不足に悩む格闘ゲームコミュニティの脆弱性を表しています。
コミュニティの反応と深まる分断
eスポーツワールドカップが提供する巨額の賞金は、多くのプレイヤーにとって無視できない魅力となっています。特にスポンサーシップの枯渇に苦しむ格闘ゲームプレイヤーたちにとって、このイベントは貴重な収入機会です。
一方で、倫理的な観点から参加を拒否するプレイヤーも存在します。これらのプレイヤーは、夏のシーズン中の雇用機会を失うリスクを覚悟の上で、自らの信念を貫いています。この状況は、コミュニティ内の分断をより深刻なものとしています。
今後の展望と業界への影響
「餓狼伝説:City of the Wolves」の競技性や品質自体には期待が持てるものの、発売からわずか3ヶ月でeスポーツイベントに投入されることによる技術的・競技的な問題や、バランス調整の課題は依然として存在します。
サウジアラビアの影響力増大がeスポーツ業界にもたらす長期的な影響は、業界全体の今後を左右する重要な問題となっています。競技の公平性と商業的・政治的利害の均衡、eスポーツの独立性の維持、プレイヤーの権利と経済的機会の保護、そしてコミュニティの一体性の維持など、多くの課題に直面しています。
「餓狼伝説:City of the Wolves」のeスポーツワールドカップ参加は、単なるゲームイベントを超えた問題を提起しています。この状況をきっかけに、eスポーツ業界の持続可能な発展に向けた真摯な議論が必要とされています。サウジアラビアの投資がもたらす短期的な経済効果と、長期的な業界への影響のバランスを慎重に検討し、eスポーツの健全な発展を目指す取り組みが求められています。
情報元:VG247