
フランスのゲーム大手Ubisoftが、中国Tencentから12.5億ドルの出資を受け、「アサシン クリード」等を管理する新子会社を設立。共同CEOに現CEOの息子とベテランが就任しましたが、この人事に業界では縁故主義を懸念する声が上がっています。生成AI活用も視野に入れる新体制で、経営不振にあえぐ同社は復活できるのでしょうか。
Ubisoft、Tencentと組み大規模再編へ
フランスのゲーム大手Ubisoftは、大規模な組織再編の一環として、同社の主力フランチャイズを管理する新子会社の設立を発表しました。この新会社は、中国のIT大手Tencentから12.5億ドルの出資を受け、その共同CEOには、現CEOイヴ・ギルモ氏の息子であるチャーリー・ギルモ氏と、長年同社を支えてきたベテランのクリストフ・ドゥレンヌ氏が就任します。この人事はUbisoftの未来に向けた重要な一手である一方、業界内外で縁故主義(ネポティズム)への強い懸念を呼んでいます。
新体制「クリエイティブ・ハウス」構想とは
Insider Gamingが報じた社内メモによると、この新子会社はUbisoftが新たに導入する「クリエイティブ・ハウス」構想の第一弾です。このハウスは、同社の収益の柱である「アサシン クリード」「ファークライ」「レインボーシックス」という3つの主要IP(知的財産)の管理と成長を専門とします。Tencentによる12.5億ドルの出資(株式25%取得)により、新子会社の評価額は約50億ドルにのぼると見られています。
イヴ・ギルモCEOは、この再編が会社全体の柔軟性と創造性を高める目的だと説明しています。また、社内メモには9月末までに新体制の詳細を発表予定であることや、将来的には他のIPを担う第二、第三のハウスを設立する可能性も示唆されています。今回の動きは、Ubisoftの事業構造を根本から変える試みの始まりと言えるでしょう。
新子会社にはモントリオールやバルセロナなど複数のUbisoftスタジオが所属します。Tencentの代表者は「一流のコンサルタント」として経営に加わり、グローバル市場、特にモバイル展開の知見を提供する役割を担う予定です。
期待と懸念が交差する新共同CEO体制
新会社の経営は、チャーリー・ギルモ氏とクリストフ・ドゥレンヌ氏の二人が共同で率います。
クリストフ・ドゥレンヌ氏は1997年にUbisoft Montrealを共同設立して以来、約30年にわたり会社に貢献してきたベテランです。直近では北米事業の責任者を務めるなど開発と経営の両面で経験が豊富であり、社内外から厚い信頼が寄せられています。新会社では制作や技術といったプロダクション部門全体を監督します。
一方、チャーリー・ギルモ氏は現CEOイヴ・ギルモ氏の息子です。彼は2014年にキャリアを開始し、モバイルゲーム開発などに従事しました。2021年に一度Ubisoftを離れ、AI・Web3関連企業で経験を積んだ後、Tencentとの取引が具体化する中で復帰し、今回の大役に抜擢されました。
社内メモによれば、チャーリー氏が担当するのは、3大フランチャイズのコンテンツ方針、ブランド戦略、マーケティング、事業成績といった根幹部分です。経験豊富なドゥレンヌ氏が制作面に限定され、キャリアの浅いチャーリー氏が事業の要を握るこの役割分担が、縁故主義と批判される最大の要因となっています。
渦巻く縁故主義への批判と社内の声
この人事をめぐっては、社内から「彼はこの仕事に見合う資格がない」といった不満の声が上がっていると報じられています。経験豊富なドゥレンヌ氏が制作部門に限定される一方、キャリアの浅いチャーリー氏がブランドの全権を握るという構図に、疑問の声が根強くあるようです。
任命が公になるとメディアやファンからも縁故主義を懸念する声が上がりましたが、当のチャーリー・ギルモ氏はニュースメディア「Variety」の取材に正面から応じ、次のように反論しました。
「そうしたご意見が出る理由は十分に理解しており、その点については明確にしておきたいです。確かに私はイヴの息子ですが、それを隠すつもりはありません。しかし、今回の任命は家族のつながりだけが理由ではなく、今のUbisoftが必要としていることなのです。この10年、私は社内外で経験を積み、変化の速い業界でチームを率いてきました。自らの意思で一度会社を離れ、外で学び成長することも選択しました。」
チャーリー氏は自身の経験と能力が会社の課題解決に貢献できると強調し、縁故採用との見方を否定しました。しかし、Ubisoftが創業以来の同族経営であることや、過去に起きたハラスメント問題といった背景から、今回の人事を疑問視する声は根強く残っています。
新CEOが語る「生成AIとゲームの未来」
チャーリー・ギルモ氏は、今後の展望として生成AIとクラウド技術の活用に強い意欲を示しています。彼は「生成AIとクラウドは、ゲーム開発とプレイヤー体験に革命をもたらすだろう」と述べ、新しい世代の消費スタイルに合わせた変革の必要性を強調しました。
「時には、より短いコンテンツを提供し、新しいやり方でコンテンツを楽しむ新世代に対応する必要があるでしょう。業界はまだ予測できない技術革新に直面すると確信しており、Ubisoftはその未来を形作る上で積極的な役割を担っていくでしょう」と彼は語ります。
Ubisoftは以前から生成AIの活用に積極的で、この方針は新体制でさらに加速すると見られます。しかしゲーム業界では、生成AIの導入が開発者の雇用を脅かすという懸念が深刻化しています。実際にMicrosoft傘下の開発チームで、解雇された開発者から「自分たちが作ったAIに仕事を奪われた」との証言もあり、このテーマは新たな火種になりかねません。
一方、共同CEOのドゥレンヌ氏は、主力フランチャイズがもはや単なるゲームではなく、ポップカルチャーに根差した「本格的なユニバース(世界観)」に成長したと指摘。「各フランチャイズの影響力を文化的なレベルにまで高め、新しいファン層に広げていきたい」と述べ、IPの多角的な展開に意欲を見せています。
再編の背景にある厳しい経営環境
近年、Ubisoftはタイトルの相次ぐ延期や大規模なレイオフ、スタジオ閉鎖など、厳しい経営状況に直面しています。今年も「ファークライ」や「ゴーストリコン」といった主要シリーズの次回作が延期となり、コスト削減の波はサンフランシスコスタジオの閉鎖など、主要な開発拠点にも及んでいます。
こうした苦しい状況に加え、「アサシン クリード シャドウズ」の発売延期や、基本プレイ無料の対戦ゲーム「XDefiant」がサービス終了となるなど、期待作の不振も続いています。今回のTencentとの提携と新子会社の設立は、この苦境を打開し、会社の未来を再定義するための大きな賭けと言えるでしょう。
なお、「The Division」や「ゴーストリコン」、また長期開発中の「Beyond Good and Evil 2」など、今回の新子会社に含まれないタイトルの開発は、既存の体制で継続される予定です。
Ubisoftの未来を占う大きな賭け
経験豊富なベテランと、CEOの息子である若きリーダー。この二人の共同経営体制は、Ubisoftを再起に導く原動力となるのか、それとも縁故主義との批判を払拭できずに失速するのか。主要IPと会社の運命は、この新しいリーダーシップに委ねられています。
ドゥレンヌ氏は、「チャーリーと共に新しいリーダーシップチームを構築し、役割とガバナンスを定義していきます。これは継続的なチーム全体の努力です。この節目を共有できるのは喜ばしいことですが、新組織が本格的に始動するまでには、まだやるべきことが残っています」と述べています。
9月末に発表が予定されている新体制の詳細に、業界は固唾をのんで注目しています。生成AIの活用、クリエイティブ・ハウス構想の実現性、そして何より縁故主義への懸念を払拭できるか。この大胆な組織再編の成否は、これらの点が鍵を握るでしょう。
情報元:KOTAKU