
買収後のマイクロソフトとスタジオの力関係、そして過酷な再編に翻弄されるクリエイターたち。本稿では、レイオフに見舞われたid Softwareの現状をスタジオ存続と技術維持という切り口から検証します。伝説の開発者ジョン・カーマック氏の言葉が示唆する、これからのゲーム開発会社の生存戦略とは?
大規模レイオフの実態とスタジオへの影響
マイクロソフト傘下のXbox部門において実施された約3,200名規模の人員削減は、ゲーム業界全体に影響を及ぼしています。その対象には、ファーストパーソン・シューター(FPS)開発の草分けとして知られるスタジオ「id Software」も含まれていることが明らかになりました。
テキサス州の労働者調整および再訓練通知(WARN)制度による開示情報によると、今回のレイオフによってid Softwareからは計136名のスタッフが削減されました。内訳はテキサス本社から96名、リモート勤務者から40名となっています。同スタジオの元々の規模は約185名であったとされており、全体のおよそ4分の3(約73.5%)に相当する人員が削減された計算になります。
この人員削減は、最新作「DOOM: The Dark Ages」の大型追加ダウンロードコンテンツ(DLC)「Revelations(レベレーションズ)」の配信直後に実施されました。特に品質保証(QA)部門が大きな打撃を受けており、今後の開発におけるサポート体制の弱体化を懸念する声も上がっています。
白紙化された未発表プロジェクトの全貌
id Softwareは、「DOOM: The Dark Ages」およびそのDLCの開発を完了し、次の主力プロジェクトが本格始動するまでの過渡期にありました。ゲーム業界において、こうした開発の節目にあたる時期は人員削減の対象になりやすいとされています。スタジオ側は、この空白期間を埋めるべく複数の新規ゲーム開発案(ピッチ)をマイクロソフトに提案していましたが、今回のレイオフに伴い、これらのプロジェクトはすべて見送られたと報じられています。
提案されていた主な未発表プロジェクトは以下の通りです。
- 「Perfect Dark(パーフェクトダーク)」のリブート・新作案
2025年に開発元のThe Initiativeが閉鎖されたことを受け、同IP(知的財産)の再始動を目指したコンセプトアートやプレゼンテーション資料が用意されていました。
- 「Fury(コードネーム)」
同スタジオの共同ゲームディレクターであるヒューゴ・マーティン氏が構想していた完全新作です。サイバーパンクやノワール調の世界観を舞台に、映画「ジョン・ウィック」のような、銃撃戦と近接格闘を組み合わせた「ガン・フー(銃を用いたマーシャルアーツ)」アクションを取り入れた作品でした。
- 「Ironwood(コードネーム)」
ドラマ「ウエストワールド」のように、ロボットが登場する西部劇の世界を舞台にしたサバイバルゲームの企画です。
- 「DOOM」の協力プレイ(Co-op)特化型スピンオフ
過去シリーズのアセット(素材)やシステムを活用し、複数プレイヤーによる協力を前提としたスピンオフ作品です。
これらの企画は、いずれも開発資金やリソースの割り当てを得るには至らず、実現には結びつきませんでした。
共同創設者ジョン・カーマック氏の反応
id Softwareの共同創設者であり、3Dゲームエンジンの先駆者として知られるジョン・カーマック(John Carmack)氏が、今回のレイオフについてSNS上で自身の見解を明かしました。
カーマック氏は、マイクロソフトがゼニマックス・メディア(ベセスダ・ソフトワークスの親会社)を買収した際、自身が「マイクロソフトはブランドの良き後援者になるだろう」と投稿したことに触れ、「今となっては、その見解の説得力が失われつつある」と述べています。
一方で、同氏は経営陣への批判に終始せず、ゲーム産業の構造的な課題についてビジネスの観点から分析を行っています。
カーマック氏は、「悲しみは感じるが、怒りや憤りはない。経営の内情は不明だが、id Softwareはマイクロソフトから見て採算が厳しい事業だったのではないか」と推測しました。さらに、「『マインクラフト』が生み出す収益が、Xbox傘下の多くのスタジオを支えているという話も、あながち間違いではないだろう。ゲーム開発が継続されるためには、評価されるだけでなく、ビジネスとして成功しなければならない」と言及しています。
また、「経営陣の判断が誤っている可能性を完全には否定できないが、それを最初から前提にすべきではない。id Softwareの収益を数億ドル規模で倍増させる明確な手法があったかと問われれば、私自身も確信を持った答えは出せない」と述べ、大企業におけるスタジオ運営の難しさに理解を示しました。そのうえで、「スタジオが立ち直ることを願っている」と付け加え、同スタジオの今後に期待を寄せています。
「id Tech」エンジン維持と次回作への光明
大規模なレイオフの報道直後、ゲームコミュニティ内ではスタジオの制作体制や、独自開発エンジン「id Tech」の将来を不安視する声が上がりました。一部ではスタジオの規模縮小に伴う開発能力の低下を懸念する推測も飛び交いました。
これに対し、id Softwareおよびマイクロソフト側は、スタジオの今後に関する声明を発表し、懸念の払拭を図っています。
id Softwareは公式声明において、離職したスタッフへの遺憾の意を示しつつ、「今後も自社のゲームや技術(id Techエンジン)を構築し続けるために必要な開発スタッフを維持している」と説明しました。続けて、現在のスタジオ規模は「DOOM (2016)」の開発当時とほぼ同等の水準であることを明かし、新規ゲームの開発能力が維持されている点を強調しています。
また、「id Techの開発者が1人しか残っていない」という一部の噂についても否定されました。ドイツのフランクフルトをはじめとする複数の拠点において、現在も数十名規模のエンジニアが同エンジンの技術開発や他スタジオへの技術支援に携わっていることが明らかになっています。
業界ジャーナリストらの取材によると、id Softwareはすでに「DOOM」シリーズに関連する新規ゲームの初期開発(早期ステージ)に着手していると報じられています。今回の人員削減により規模は縮小したものの、その制作能力と技術開発体制は継続されている模様です。
最新DLC配信と開発者を支持するファンコミュニティ
レイオフの発表とほぼ同時期に配信された最新DLC「DOOM: The Dark Ages | Revelations」は、そのクオリティの高さからプレイヤーの間で高く評価されています。
一方で、PC配信プラットフォーム「Steam」などのユーザーレビュー欄には、本コンテンツの完成直後に解雇された開発チームへの同情や支持を表明するコメントが多数寄せられました。開発スタッフの労働に対する企業の姿勢を疑問視する声も上がるなか、コミュニティによるこうした投稿は、離職したスタッフの功績を評価する動きともなっています。
id Softwareの再編が示す開発の未来
今回のXboxによる人員削減は、実績のあるスタジオであっても親会社の経営方針や市場環境の影響を強く受けるという、現代の大型ゲーム開発における実情を浮き彫りにしました。
一方で、id Softwareにはこれまで築き上げてきた「DOOM」や「Quake」といった知名度の高い知的財産(IP)と、自社開発エンジンである「id Tech」という強固な資産が維持されています。スタジオの規模が「DOOM (2016)」開発当時と同水準に再編成されたなか、次なるステップとして報じられている「DOOM」シリーズ新作の開発において、同社が再び市場で独自の存在感を示せるか、今後の動向に関心が集まっています。


